NO16 『政治責任』

『政治責任』

我が家から歩いて10分ぐらいのところに人気の居酒屋がある。
店主Mさんをみんなが船長と呼ぶ。彼が多年にわたり主に舞鶴と小樽間の北海道航路大型フェリーの船長をやっていたからである。
38歳で船長職を務めるようになった時、Mさんは若くして船長になった喜びよりも、思い悩む日々がしばらく続いた。
「船長は、船の運航の最終責任者である。船の事故が起こったとき責任取るのも船長だ。しかし、実際は責任とれないのではないか。大勢の客が犠牲になるような事故が起こった時、たとえ死んでお詫びしてもすまない、責任取れない。どうしたらいいのか。」、Mさんの悩みはそういうことであった。
そして、彼はある思いに達する。「そうだ、乗組員から船長は『金玉が小さい。臆病者だ。』等々、なんといわれようと事故を起こさないために自分がやるべきと思うことは全てやる。
石橋を渡るのに一回叩いた上に、もう一回叩いて安全を確認する、そういう姿勢でやっていくことにしよう。」と。
以来60歳までの22年間、Mさんは一度も事故を起こすことなく船長としての任務を立派に全うした。
ビールを飲みながらM船長から聞いたこの話は、責任の自覚とはどういうことなのかを端的に物語っている。
大飯原発の再稼働が政治の責任で決断された時、M船長の話が思い出された。しっかりした責任の自覚があって信頼がある。
特に、政治にそのことが求められている。そんな思いを深める昨今である。

(合志栄一)

2012年7月17日